【そして・・・朝。】

いつものように目を開けると眩しい日差しが目に差し込んできた。
なんて眩しいんだろう。思わず布団で顔を覆いたくなる。 小鳥のさえずりが聞こえる。
昨日までの雨がうそのようだった。

あぁ 今日もまたつまらない一日が始まるのだ…。。
出来れば起きたくはない。いつまでもぬくぬくと布団の中で過ごしていたい。

仕方ない…そろそろ起きよう。
彼女はしばらく瞳を閉じたまま布団の感触に浸っていたが、レポートだ溜まっているの事を思い出し のそのそと起き上がろうとした。

しかし布団に手を掛け、身体を起こそうとしたとき、いつもなら簡単に起き上がるはずの身体が、 何故だか全く動かない。
いや、手足をばたつかせる事は出来るのだ。しかし首は全く持ち上がってこなかった。

ど…どうしたんだろう、私!!!

一生懸命起き上がろうとするも、全く身体が言うことを聞かず 手足だけを必死にばたつかせる。
寝返りもうてない。。

ヤバイ…これは一大事かも。
彼女は助けを呼ぼうと大声を張り上げた。

『だれかぁあ!!助けて〜!!』

しかしそう叫んだはずの声は声になっておらず

『うんぎゃぁ〜ほんぎゃあ〜』 と、まるで赤ん坊の泣き声のように甲高く響き渡った。。

自分の声に驚き、彼女はとっさに思わず口元をおさえた。
“な…なに。今の声…”

その押えた手を見て更に驚いた。
なんと、その手は小さく、ぷくぷくとしており、それは間違いなく赤ん坊の手をしていた。

“どうして!! なぜだか分からないけど、若返ってしまってる!?”
過去に戻ってしまったのだろうか。いや自分だけが赤ん坊になったのか・・。それさえもわからない
ただ心臓がバックンバックンと音を立てているのだけが感じられた。
落ち着け…落ち着け… 取りあえず助けを呼ばないと。。

彼女はめげずに小さな手足をバタバタと振り回して叫び続けた。…正しくは泣き続けた。

『うんぎゃぁ〜ほんぎゃあ』 自分の泣き声に頭がクラクラする。
一刻も早く助けがほしかった。

泣き叫び続けた結果、前方から女性が慌てて走ってくるのが見えた。

“よ…良かった。これで助かる。”

彼女は若かりし頃の自分の母親が来るのだと思い込んでいた。なぜなら今 彼女はまぎれもなく若返っているのだから。。
。 が…しかし彼女の元に駆け寄ってきたのは彼女の母親でもなく、もちろん父親でもなく、一人の黒人女性だった…。。

“だ…だれなの、これ!!”
内心ヒヤヒヤしながらも、まさか赤ん坊に危害は加えないだろうと、彼女は助けを求め続けた。

『ふんぎゃぁぁあ!!』
“お願いします助けてください!! 私、本当はこんな体じゃ・・・”

すると 女性はそんな彼女を優しく抱き上げると『よしよし〜淋しかったのね〜。大丈夫ょ〜』 など言いながら頬摺りをしてきたのだった。

『い…いえ!淋しくないですし、ちょっと!!頬っぺたくっつけないでくださいよおお!!』
彼女は びえ〜ん とまた叫びながらグイグイとその女性を押しのけようと、仰け反ったり 手足をバタつかせながら抵抗し続けた。

『まぁまあ。元気のいい。やっぱりパパじゃないとダメなのかしら…』

女性は困り果てた結果、 ダディを一緒に呼びに行きましょう〜 と、彼女を抱き抱えたまま歩き始めた。

“ダディもいやよーー!!どこの誰かも分からない男の腕の中に抱かれるなんてイヤァァア!!“

彼女は今こそ本気で泣いてやろうと、先ほどまでとは比べものにならないくらいの声で泣き続ける。
黒人女性は 何度も何度も彼女に頬を叩かれた。 それにしても広い家だった、。先程から女性はかなり歩いている。
しかし廊下は途切れることなく、また部屋のドアも数えきれないほどあり、そうな装飾品もたくさん飾られているのだ。

“なんなの!!ここはどこーーー!!?”
彼女は半分パニックになりながらギャーギャー騒ぎ、やっと女性はある部屋の前まで来るとドアをノックした。

『マイケル、入るわよ〜。プリンスが目を覚ましたわ。』

女性はそういうと、その部屋の中に入っていく…。。

ま… まいけ…る??
プリンス…??

どこかで聞いたような名前が耳に入ってきた。

彼女はハッと女性の顔を見上げた。
そうだ、実はずっとこの女性をどこかで見たような気になっていたのだ。

“キャ…キャサママ。。”

女性は間違いなく、マイケルの母親 キャサリンの顔をしていた。
何という事だろう。何故だか分からないが、どうやら彼女はプリンスになっているらしかった。
『目を覚ましたんだって?』

心地の良い声が彼女の耳に響く。
信じられない思いで彼女はその様子をぼんやりと見つめていた。今、目の前にマイケルが立っているのだ。
赤いシャツに、黒のパンツスタイル。

写真の中で見るマイケルそのままの姿が、今まさに彼女の目の前に満面の笑みで立ってそして喋っている。
カールがかった美しい黒髪がふわりと揺れた。

なんて優しい笑顔をする人なんだろう。。

『あ…アイラブユー!!』

彼女はたまらずそう叫び、全力でしがみつこうと手を伸ばした。
しかし『ふんぎゃ〜』と、やはり声にならずそれは赤ん坊の泣き声となってマイケルの耳に入る。

『今日は一段と元気がいいね。』

そう言うとマイケルはにっこりとほほ笑み母親からわが子を…つまり彼女を受け取ると自分の腕の手の中に優しく抱きかかえた。

“きゃーぎゃーー我が人生に悔い無ぁぁし!!”

彼女は全身の力が抜けたようにクッタリとマイケルの胸に身体を委ねたのだった。

『母さん!!プリンスが急にぐったりしたよ!!』
マイケルがあたふたしている。
何て愛らしいんだろうか…。

彼女は出来るかぎるのブリッコ声で 『ほぎゃっ』 と可愛い声をだしてニッコリと微笑んでみた。
しかし筋肉の発達仕切っていない赤ん坊はニヤリとしか笑えないのだ。。

『あははは!変な声出してどうしたんだい、プリンス。カエルみたいだったよ』

マイケルは腹を抱えて笑った。 甲高い声が部屋中に響く。
彼女の愛らしさはカエルとなり、そしてマイケルの笑い声とともに消えていった・・。

『そうそう。そろそろミルクの時間だったね!お腹が空いていて機嫌がわるかったんだろ?』

そういうと、使用人らしき女にミルクを持ってこさせると、マイケルは高価そうな椅子に腰を下ろし そして自分の膝に彼女をのせた。

“あぁぁぁあ!!ま…マイケルのひ…膝っっっ”
マイケルの膝の感触と温かい体温に、彼女は抱きつきたい衝動にかられ、手足をバタバタと動かした。

しかし、首のすわっていないその身体では抱きつく事はおろか、手が短すぎて服さえ掴めない。
結局彼女は腕を振り回しマイ蹴るの洋服をかすめるのが精いっぱいとなった。

『マイケルゥーマイケルーー!!! あいらぶゆーーーー!!!!』

こんなチャンス滅多とない。夢にまで見たマイケルの膝に自分が抱かれているのだ。
自分に向けて笑顔を向けてやさしい言葉をかけてくれている・・。それは他の誰でもない自分に!!!

彼女は自分がプリンスだというのをすっかり忘れ夢中で愛の告白をした。 が、やはりそれは赤ん坊の泣き声となって虚しく響くだけだった。

『そんなにお腹が空いてたのかい』
マイケルは笑顔でそんな彼女の口に唐突に哺乳瓶を力任せに突っ込んだ。

う…うぐっっ。

突然 口に哺乳瓶を突っ込まれ、どうしていいか分からず、取りあえず吸ってみたものの、彼女はあまりのまずさにえずきそうになる。

何てまずいのーーー!!!
知らなかった…ミルクがこんなに不味いだなんて。。
彼女は首を左右に振り、力の限り抵抗しようとするのだが 頭をマイケルの大きな手にしっかり捕まれ逃れられない。

“ひぃーーマイケルってば強引過ぎる…。。こんなに嫌がってるのにぃぃ。”

マイケルは 『美味しいかい?』 といいながら、ぐいぐいを止めようともしなかった。
彼女はその笑顔を見ながら目を白黒させて不味いミルクをなんとか飲み干した。

こ…こんな不味いものマイケルの笑顔がなかったら飲めなかったわよ…。。
はーはーと息が上がる思いだった。 まるでバケツのミルクをすべて飲み干したかのような感覚だ。

しかしマイケルはそんな彼女を見ながら 空っぽになった哺乳瓶をご機嫌に振って、
『お腹が空いていたんだね』と、無邪気に喜んだ。

鈍感オトコめ!! 
余りのまずさにちょっと怒りも込み上げてくる。
しかし マイケルの優しい笑顔を向けられるとその怒りはどこへやら 彼女は無意識に再びカエルの声を出していた

マイケルの笑い声が響きわたった・・。


『あっそうそう…』と、マイケルは不意に彼女を肩に担ぎあげた。
きゃ…きゃー!!今度は何!?嬉しさはもちろん、多少の恐怖さえある。
何故ならマイケルは強引すぎるのだ…。。

彼女はびくびくと体を強張らせた

マイケルはふわりと彼女をかつぎ上げると同時に背中をさすりはじめた。

『さぁ〜。ゲップをだして』

えええええ!!マイケルったらレディに対し、ゲップを要求するの?!!!
彼女は 思わず肩から転げ落ちそうなほどのけぞる。。

“、しまった私は今プリンス君だった…。。”
彼女は安心して再びマイケルの肩に身をゆだねた。
しかし例え身体は赤ん坊のプリンス君でも、まさかマイケルにゲップを聞かすわけにはいかなかった…

“マイケル ごめんなさい、あなたの頼みでもそれだけは 無理よ・・・”
彼女は必死で出そうになるゲップをただ堪えるしかなかった。

『どうしたんだ〜?』 マイケルは背中をさすり続けている。

スーパースターなのに ちゃんとパパしてるんだなぁ凄いなぁ…。。
彼女は感心しながら肩に顎を乗せて目を瞑り、マイケルに身を任せ幸せに浸っていた。

『出ないな…』

そうしている間に、マイケルのさすさすはそのうちどんどん力が増し、ぐゎしぐゎしと彼女の背中をさすり続ける様になっていた。
膝がひどく揺れている。 明らかに苛立ってきているのが感じられた。

いてててて。

しかし、ゲップは出すわけにはいかなかった。
これはもう 女として許されることではない。

ぐゎしぐゎしはそのうち勢いをまし、バシンバシンと背中を叩く。

ちょっ…ちょっと。。これはイテイテイテ…。

マイケルはこの小さな身体から出るゲップを、まだかまだかと待っているらしかった。

バシンバシン
いてててて

それを繰り返した結果、とうとう

『ぐぇふっっ』

と、大きなゲップがでたのだった。

死んだ…終わった…。マイケルの耳の横で私は何てゲップをしたのだ。
赤ん坊の身体は正直すぎる…。彼女はうな垂れた。

しかし、彼女のショックをよそにマイケルは良かった良かったと安心している様子で、また彼女を腕に抱き直した。

“合わす顔がありません、見ないでくたさい…”
彼女は泣きそうになりながら目を固く瞑り、マイケルの顔を見ないようにした。

『お腹がふくれて眠たくなったのかな?』 マイケルは立ち上がり彼女を抱きあげて大きく揺らす。

“違います!合わせる顔がないんですっ!!”
彼女は心でそう叫び、尚も目を固く閉じ続けた

『プリンス…』すっかり我が子が寝かけていると思い込んだマイケルは、再び膝に乗せるとやさしい口調で喋り始めた。

『プリンス、キミが生まれてきてくれて本当に良かった。僕は今本当に幸せだ。』

大きな手で頭をゆっくりと撫でる。
彼女はその触れる手から優しさを感じずにはいられなかった。

『世界中の人々も、こんな幸せを感じてほしい…。』
マイケルはそう、ポツリとつぶやいた。

その瞬間、彼女は胸の潰れる思いがした。
マイケル…あなたはなんて優しい人なんだろうか。。
色んな誤解を受け、あなたの地位と名誉を潰そうとする者の手にいつも脅かされてるはずなのに あなたはなんて強く優しいんだろうか…。。

気がつくと彼女は思わず声を上げて泣いていた。

『ほきゃほぎゃ…』
しかし、彼女の悲しみの涙は先程までと何ら変わりのない、ただの赤ん坊の泣き声となって響くだけだ。

“今だけは赤ん坊で良かった…。。”
彼女は泣きながらそう思った。

マイケルはいつでも平和を願っている。
子供の笑顔に真実を重ね、そしてそれが大切だといつも語りかけている。
どうしてこんな純粋な人が酷い扱いを受けなくてはいけないのか…。

彼女は泣き続けた。

『 眠たくてぐずってるんだね…』
マイケルは優しい声で歌を口ずさみはじめた。

それは今までに聴いたどんな歌よりも美しいメロディーだった。
目を閉じていてもマイケルがどんな顔をしているのかがわかる。優しい微笑みに違いなかった。

“私・・もうこのまま一生プリンス君でいいわ・・・。
さようなら皆。。。 私はこれからマイケルの息子として生きていきます
大丈夫、BADツアーの公演をDVD化するように ダディに伝える・・から・・・・ね・・・。”

美しいメロディーに包まれながら彼女はいつの間にか本当に眠ってしまっていた。


『う…』 大きく伸びをしながら身体を起こす。
日差しが眩しい。何故か疲労感に見舞われていた。
何でだろう 喉も痛い…。。
何故だかわからないが叫んだ後のような喉の痛みがあった。

寝ている間に叫んだわけじゃあるまいし、風邪かな?
そう思うと彼女は勢い良く立ち上がり大きく伸びをした。

『今日もつまらない一日を頑張るか!!』

彼女はメロディーを口ずさんでいた。
とても懐かしいが思い出せない・・。そして切なく美しいメロディーを。
不思議なことにその日の朝は日課である牛乳を全く飲む気がしなかったのだが、彼女の心はいつになくやる気が溢れ、そして希望に満ちていた…。

END
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